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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2288号 決定

申請人 株式会社前中製作所

被申請人 日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部前中製作所支部

主文

一  被申請人組合は、所属組合員を以てするとその他の第三者を以てするとを問わず、次の各行為をしてはならない。

1  被申請人組合に属しない申請人会社従業員又は申請人会社取引先従業員が別紙目録記載の土地建物から若しくは右土地建物へ各種物件を搬出若しくは搬入するのを実力で妨害すること。

2  被申請人組合に所属しない申請人会社従業員、役員及び申請人会社の許容する第三者が前記土地建物に出入するのを実力で妨害すること。

3  異常に長大な旗竿を用い、或は申請人会社所有の建物等を毀損し、或は電燈線電話線と接触するような各方法で赤旗を掲揚すること。

4  申請人会社所有の建物その他の施設の効用を著しく毀損するような方法でビラを貼付すること(たとえば、容易に剥ぎ取れない程度の糊付けをしたり、極めて多数を醜く乱雑に貼付したり、窓ガラスからの採光を甚だしく妨げる程多数に貼付したりすること。)。

5  申請人会社の名誉を毀損するような内容のビラを貼付すること。

6  別紙目録記載の土地建物のうち、別紙図面表示の立入禁止区域(赤線を以て囲み「立入禁止区域」と朱書してある部分)に該当する各部分につき、右禁止を侵すこと。

二  被申請人組合は、別紙目録(六)記載の建物内に存する同組合事務所を使用するにつき、次の各行為をしてはならない。

1  右組合事務所に被申請人組合所属組合員以外の第三者を寝泊りさせること。

2  裸ローソクの使用、電力の不正使用等火災を惹起する危険のある行為及び申請人会社が災害予防の目的を以てする保安上の指示に反する行為。

3  制規の入構手続をとつた面会人といえども同時に三名以上事務所に立入らせること。

4  所属組合員であると第三者であるとを問わず別紙図面表示の通路(赤斜線を以て示してある部分)に該当する部分において「デモ」又は坐り込みを行わせること。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

(注、保証金五〇万円)

理由

第一申請人の申立

申請人は

「被申請人組合は、被申請人組合所属組合員及び第三者をして、申請人会社または申請人会社の役員、従業員(被申請人組合所属のものを除く)及び申請人会社の指定するものの、申請人会社施設(別紙目録のとおり)への出入りを、阻止妨害してはならない。

被申請人組合は、被申請人組合所属組合員及び第三者をして、申請人会社または申請人会社の指定するものの、会社構内への物件搬入、会社構内よりの物件搬出の業務を、阻止妨害してはならない。

被申請人組合は、被申請人組合所属組合員及び第三者をして、申請人会社の構内(別紙目録及び別紙図面のとおり)に立入らせてはならない。但し、組合事務所及び申請人会社正門より同事務所にいたる最短通路(別紙図面表示)については、左の限度において、これを除外する。

被申請人組合所属組合員たる従業員については、申請人会社の休日以外の日の午前八時以降午後八時まで。

被申請人組合への面会を要する第三者については、右の時間内に、申請人会社所定の入構手続をとる場合にかぎり、同時に三名。

右ただし書の場合といえども、正門より組合事務所にいたる通路内においては、デモまたは座込みを行つてはならない。

被申請人組合は、申請人会社施設(組合事務所((別紙図面中赤字で組合事務所と記載された部分))の内部を除く)に対し、赤旗、ビラ、垂幕等一切の附加物を設置、貼付または附着せしめてはならない。

前四項の違反がある場合には、申請人の委任する執行吏は、これが排除に必要な一切の措置をとることができる。」

との裁判を求めた。

第二当裁判所の判断

疎明資料にもとづき一応認められる事実関係及びこれにもとづく当裁判所の判断は次のとおりである。

一、争議の実状

(一)  申請人は、肩書地に本社及び工場を、大阪に営業所をそれぞれおき、バルブ・コツクの製造販売を業とする資本金三〇〇〇万円の株式会社であつて、従業員の数は、本社及び工場合計二七〇名、大阪営業所四名であり、なお別紙目録記載の土地建物はすべて申請人の所有で申請人会社施設として利用されている。

(二)  被申請人は、昭和二五年五月申請人会社従業員によつて結成され、同三八年四月日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部に加盟し、全金前中製作所支部と称している労働組合であつて、組合員は現在約七〇名である。

なお、申請人会社従業員の組織する労働組合としては、昭和三九年四月三〇日被申請人組合から脱退した者一一五名が新たに結成し、同年一〇月頃日本労働組合総同盟神奈川金属労働組合に加盟した株式会社前中製作所民主労働組合(以下民主労働組合と称する)が別にある。

(三)  ところで、被申請人組合は、昭和四一年度春季闘争として、申請人会社に対する臨時昇給、労働時間短縮等の要求貫徹及び就業規則改正反対のため同年四月八日闘争宣言を発したが、申請人会社はこれに対し即日闘争期間中の禁止事項として、「(1)赤旗を組合事務所以外の場所に掲揚しないこと、(2)会社施設にビラの貼付又は掲示をしないこと、(3)構内でデモを行わないこと、(4)午後八時以後構内に絶対残留しないこと、(5)ストライキ参加者は構内に留まらないこと、(6)威力を用い又は集団で他人の業務を妨害しないこと、(7)組合の指令によらない怠業行為をしないこと、(8)正当の事由なくして業務命令又は就業規則に違反しないこと」等を書面により被申請人組合に通告すると同時に、ストライキ中の賃金不払、組合費等の不控除、電話取次等便宜の不供与並びに右禁止事項違反の責任追求を宣言した。

(四)  以後被申請人組合は、前記要求貫徹等のため昭和四一年四月一四日時限ストライキを決行したのを初めとして同年同月一五日以降同年七月二日までの間十数回にわたり、終日指名スト、全面時限ストをくり返えしたが、他方申請人会社もこれに対抗して同年七月三日夜半前記土地建物のうち(イ)被申請人組合事務所(ロ)同事務所の東南約一五メートルの個所にある便所(ハ)申請人会社正門から右組合事務所に至り、右組合事務所から前記便所に至る屋外及び屋内通路(以上(イ)(ロ)(ハ)の位置はいずれも別紙図面参照)の三者を除き、その余の土地建物部分(別紙図面中赤線を以て囲み「立入禁止区域」と朱書されている各部分に該当)を立入禁止区域とし右(イ)(ロ)(ハ)の部分と右立入禁止区域との境に有刺鉄線、木柵、間仕切り等を設けた上、翌四日午前八時から被申請人組合員全員に対し無期限の「ロツクアウト」を宣言し、右区域への立入りを事実上阻止した。

しかし、前記組合側要求に関しては、労使間に合意が成立するに至らず、現在なお上述のような争議状態が継続している。

(五)  この間において、被申請人組合は、所属組合員及び支援団体員をして次のような争議行為を行わせている。

(1) 出入荷妨害

昭和四一年七月二日午前九時五〇分頃、申請人会社が申請外研精製作所に完成を外注した輸出向コツク鋳物素材を、同製作所従業員において同製作所所有の小型トラツクに積載して申請人会社裏門からこれを搬出しようとするにあたり、被申請人組合員ら多数が支援団体員と共に右裏門に集り右トラツクの進路に坐り込む等して右搬出を約三〇分間阻止したほか、同日以降同年同月八日までの間前後六回にわたり、申請外鈴木精機株式会社外七取引先の各従業員らが、それぞれ申請人会社からの受注資材又は申請人会社への納入品をトラツク等に積載して右裏門を出入しようとするにあたり、被申請人組合員ら多数が支援団体員と共にその都度前同様にして右搬出又は搬入を阻止した。

(2) 就労妨害等

昭和四一年七月三日被申請人組合員ら多数は支援団体員らと共に、申請人会社正門、玄関及び裏門等に立ち塞つてスクラムを組み、申請人会社従業員中被申請人組合に所属しない者らが日曜出勤のため入門ないし入室しようとするのを実力で阻止したほか、同年同月五日以降同年同月一一日までの間前後六回にわたり右正門、正門内通路、玄関前駐車場、裏門、裏通り出入口等を占拠し、或はこれらの場所で二重三重のスクラムを組み又は坐り込み、或は正門鉄柵にしがみついて開扉を妨げる等の方法を用いて、申請人会社従業員中被申請人組合に所属しない者、役員、顧客等が就労、取引等の目的で申請人会社構内ないし建物に入るのを阻止した。

(3) クレーン運転妨害、構内デモ等

(イ) 昭和四一年四月一四日午後〇時五二分頃から行われた時限ストにあたり、申請人会社が被申請人組合に所属しない従業員を代替要員として第一工場内のクレーンに昇らせこれを操作させようとしたところ、スト中の被申請人組合員全員が同工場内に侵入し、居合わせた申請人会社職制をとりかこんで、「スト破りだ。あいつを降ろせ。」と怒号して約一五分間職場を混乱におとし入れ、以て右代替要員によるクレーン運転を阻止したほか、同年同月二八日右クレーン運転中の被申請人組合員二名(右クレーン操作係全員にあたる)が指名ストに入つた際、申請人会社が前同様の代替要員を右クレーンに乗り込ませるや、第一工場に勤務中の被申請人組合員ら全員が業務を放棄し、居合わせた申請人会社職制をとりかこんで前同様怒号し、右代替要員を降りさせた上右クレーンを走行ライン中間点に停止させることによつて、一時右クレーン関係の操業の中断を余儀なくさせ、

(ロ) 昭和四一年四月三〇日午後三時一〇分頃申請人会社熔接部前の通路で、被申請人組合員ら多数がスクラムを組み、ジグザグデモを行い、業務に従事中の被申請人組合に所属しない従業員らに罵言を浴びせたほか、同年五月二六日以降同年七月二日まで前後三回にわたり申請人会社構内鋳物工場外数カ所において前同様ジグザグデモを行い、罵言を浴せ、その間鋳物工場入口を塞いで通行を妨げ、構内各所に存する半製品を足蹴にし、フオークリフトの運転を妨げ、申請人会社正面玄関扉のガラスを破る等の所為にいでて混乱を招き、

(ハ) 昭和四一年五月二一日以降しばしば拡声機を用いて申請人会社を非難する高音放送をくり返し、特に同年七月一五日には申請人会社正面玄関門扉のガラス破損部分から建物内に拡声機を差入れて同様の放送を行い、

(ニ) 昭和四一年五月二八日午前九時頃申請人会社専務取締役前中良雄が機械工場内で被申請人組合員申請外新岡十三男に対し手を休めていたことについて注意を与えた際、被申請人組合員らは右前中良雄の身辺をとり囲んでこれに罵声を浴せ、それを制止しようとした被申請人組合に所属しない従業員らに喰つてかかつて職場を混乱させ、また、同年六月三〇日午後六時一五分頃申請人会社前道路上で、被申請人組合に所属しない申請人会社従業員申請外古川義美が、被申請人組合が掲揚した赤旗を撮影していた際、これを発見した被申請人組合員らは支援団体員らと共に右古川をとりまいてこれにいわゆる「せんたくデモ」をかけ、同人の身体を附近のコンクリート塀に押しつける等の暴行に及んだ。

(4) 赤旗、横断幕、プラカードの掲揚、展張、配置

被申請人組合は、昭和四一年四月一四日以降同年九月一六日までの間数回にわたつて、申請人会社正門、正面玄関、正面外壁、裏門、外塀その他構内諸建造物のほか、申請人会社附近の電柱などに、赤旗、横断幕、プラカードの類を掲揚、展張、配置したが、殊に(イ)同年四月一八日には、長さ約八メートル、直径約一五センチメートルの丸太棒一本を別紙図面中風呂場と表示されている部分に該当する建物わきに旗竿として押したててこれに赤旗を高く掲揚するにあたり、右建物の一部を毀損し、且つ右丸太棒を電燈用引込線に接触させてこれを押しまげ、次いで、同年五月九日再び右丸太棒を申請人会社正門門柱の内側に針金でしばりつけて押し立て、これに赤旗を掲揚した際には、右赤旗が電話線に接触した。また、(ロ)その間掲揚された赤旗の数は、多い場合同時に約二〇本に達することがあつたが、他方、(ハ)横断幕やプラカードには概ね、「スト決行中」「暴力ガードマン追放」「ドレイ法就業規則改悪反対」「不当ロツクアウト粉砕」「前中刑務所職場を解放しよう」等のスローガンが大書されていた。なお、(ニ)申請人会社は、被申請人組合にこれら赤旗、横断幕、プラカードの撤去を要求したが同組合においてこれに応じないので、前記(イ)のうち正門柱に丸太棒を用いて掲揚された赤旗の支柱及び旗を、自救的に撤去した。

(5) ビラの貼付

前記争議状態の発生以来、被申請人組合は、所属組合員らをして、申請人会社事務所正面及第一工場の各窓ガラスに、白昼なお室内がうす暗くなる程多数のビラを雑然と、しかも一面糊付けにし或は高処に棒を用いて貼る等容易にとり除き難い方法で、貼らせ、また、その他の会社建物及び外塀にも多数のビラを右同様の方法で貼らせ、申請人会社側でこれを剥がせば再び貼らせた。

これらビラの内容は、「暴力はやめろ」「就業規則改悪絶対反対」「ガードマン早く出て行け」等争議時における組合員の団結を計り志気を鼓舞するための標語を記載したものから、申請人会社を盗人呼ばわりしてその名誉を毀損するような内容のものまであつた。

(六)  組合事務所の使用関係

被申請人組合は、昭和三六年末以来申請人会社からその所有にかかる別紙目録記載の(六)の建物二階食堂の一部を同組合事務所として借受け使用しており(該部分はその後前記食堂の残部分と板壁で区画されて前記一の(四)(イ)の事務所となつた。)、右使用に伴いその南東十数米の個所にある便所(前記一の(四)(ロ))の使用も許されて来たが、右事務所への外来者出入に関しては、申請人会社との間に数次の交渉を経た末、昭和三七年九月中、被申請人組合員らに対する面会のため右組合事務所に立入ることができる外来者の人員(以下面会人員と称する。)は一時に三名以内とし、面会時間は各一時間以内とする旨の合意が成立し、また、右事務所の使用時間及び使用日時に関しては、昭和三八年五月三一日申請人会社から被申請人組合に対し、防火等保安管理上の必要を理由として「平日は午後八時まで。日曜その他休日の使用を禁止する」旨通告がなされた。右通告につき被申請人組合は明示の受諾はしなかつたが、すくなくとも争議時以外においてはこれに従つて来た。なお、その後昭和三九年春闘終了時、申請人会社と被申請人組合との間に「組合事務所の使用は、当分従来通りとする。」旨協定が成立した。

然るに、本件争議状態発生後である昭和四一年五月九日以降被申請人組合は連日午後八時以後も所属組合員らを右組合事務所に残留寝泊りさせ、昼夜の別なくこれを争議本部として使用し、且つ多数の支援団体員その他を前記面会人員制限を無視して出入させている。

二、被保全権利

(一)  前記一の(五)に掲記した被申請人組合員らの各行為により申請人会社の本件土地建物所有権が、或は直接物理的に侵害され、或は右所有権に基く業務の正常な運営を阻害されることによつて間接に侵害されていることは、いうまでもない。しかし、これら各行為は前示ストライキの如き本来の意義における争議行為を実効あらしめるため通常用いられる種類の闘争手段であつて、労働組合法八条にいう「争議行為」に含まれるものと解すべきであるから、若しこれらが「正当」な範囲を逸脱さえしなければ、申請人会社はたとえこれがため損害を蒙つても同条により被申請人組合に賠償を求め得ないのみならず、本件土地建物所有権にもとづく物権的請求権の行使として被申請人組合に対しこの種各行為の禁止を求めることもまた許されないものと解すべきである。

そこで、被申請人組合員らの前記各行為が争議行為として正当といい得るか否かを、前示争議の実状、当裁判所に顕著なわが国現時労使慣行及び社会の通念に照らして検討するにこれら各行為のうち、(イ)被申請人組合員ら多数が、単なる説得の範囲をこえ、トラツクの進路に坐り込む等の実力行使によつて前記一の(五)の(1)記載の如き出入荷を妨害したこと、(ロ)被申請人組合員らが、単なる説得の範囲をこえ、二重三重のスクラムを組んだり、多数通路に坐り込んだり、門の鉄柵にしがみついて開扉を妨げる等の実力行使によつて前記一の(五)の(2)記載の如き従業員役員顧客等の申請人会社構内への出入を阻止したこと、(ハ)前記一の(五)の(4)記載の如き異常に長大な丸太棒を旗竿とし、申請人会社所有建物を毀損し或は電燈線電話線に接触するような方法で赤旗を掲揚したこと、(ニ)被申請人組合員らが申請人所有の建物その他の施設にビラを貼るにあたり、これらの効用を著しく毀損するような方法、すなわち、前記一の(五)の(5)記載の如く各窓ガラスに白昼なお室内がうす暗くなるほど多数のビラを雑然と貼り、若しくは、一面に糊付したり高処に棒を用いたりして容易にとり除き難いように貼るなどの方法で貼付したこと、また、(ホ)その内容において申請人会社を盗人呼ばわりしてその名誉を傷つけるようなビラを貼つたこと、はいずれも争議に通常伴う闘争手段としての正当な範囲を逸脱するものであつて、申請人会社にはこれらを受忍する義務はなく、前記一の如き争議の実状のもとにおいては本件土地建物所有権にもとづく物権的請求権の行使として、この種行為の禁止を求めることができるものといわなければならない。

(二)  次に申請人会社の行つた前記ロツクアウトは前示争議の実状に照らしいわゆる先制的攻撃的なそれとは認め難いのみならず、申請人会社と争議状態にある被申請人組合だけを対象とし、申請外民主労働組合を対象としないからといつて不当労働行為となり或いは憲法二八条違反となるわけもなく、労使関係の均衡を著しく破られた窮地を脱するためのものと認められるから何ら違法とはいえない。そして、右ロツクアウトに伴い前記立入禁止が行われた以上、被申請人組合としては、所属組合員を以てすると第三者を以てするとを問わず右立入禁止を侵すことを得ないこと明らかであつて、申請人会社としては、前記実状のもとにおいては、本件土地建物所有権にもとづく物権的請求権の行使として被申請人組合に対し右侵犯の禁止を求め得べきである。

(三)  更に、被申請人組合が申請人会社所有建物の一部である前記組合事務所を争議本部として利用していることは、前述の意味における争議行為自体とはいい難く、その理由で申請人会社に受忍の義務を認めるわけにはいかない。しかしながら、被申請人組合の右事務所使用は、単に恩恵的に申請人会社から黙認されているに止まるものではなく、前記借受の結果事務所としてこれを利用し得べき一種の使用権を法律上取得したものと解すべきであるから、貸借当事者間の合意、労使慣行及び信義則に照らし右使用権の範囲内と認め得る限度においては自由にこれを利用し得べきであつて、申請人会社の一方的通告だけでこれを制限し得べきものではない。

ところで、被申請人組合の如き企業内組合が平時使用者から借受使用している組合事務所を争議時争議本部として利用すること自体は一般に行われているところで、わが国現時の労使慣行から見て敢えて違法視するにあたらないのみならず、「平日午後八時まで。日曜その他の休日は使用を禁止する」旨の申請人会社通告による使用制限も、平常時における業務運営、組合活動を前提としたものと認むべきであるから、仮に被申請人組合において平時異議なくその制限に服していた事実があつたとしても、当然に争議時における右組合事務所の使用を制限する効力があるものとはいい得ない。むしろ、前示の如く争議状態が平日休日の別なく継続し、一方において同盟罷業に参加しない民主労働組合員らの日曜出勤が行われると共に、他方被申請人組合員らも日夜闘争方針の策定及び団結の維持に腐心せざるを得ない事態のもとにおいては、被申請人組合員らが平日休日の別なく、また午後八時の制限をこえて右事務所を使用したからといつて、それだけでは必ずしも右事務所使用権の範囲をこえるものではないというべきである。

ただ、被申請人組合としては、右事務所を争議本部として利用することが許されるとはいえ、事務所としての用法をこえてこれを利用し得べきものではないから、これに所属組合員以外の第三者を寝泊りさせるようなことは右使用権の範囲を逸脱すること勿論であり、また借主として善良な管理者としての注意義務を負う以上、所属組合員らが右事務所を使用するにあたり火災等災害予防上危険な行為をさせたり、申請人会社がもつぱら保安上の必要からする指示に反する行為をさせたりすることは許されないことであつてこれまた使用権の正当な範囲を逸脱するものというべきである。更にまた、前示面会人員に関する制限は、申請人会社と被申請人組合間の合意によるものであること前記のとおりであつて、しかもこの制限は平時たると争議時たるとを問わず名を面会に借りて被申請人組合員以外の第三者が多数前記組合事務所に入り込むのを防止することが主な目的であると推認できるから、被申請人組合はたとえ争議時にあつても右制限を遵守すべきであり、これを無視する行為もまた使用権の正当な行使ということはできない。

それ故、申請人会社は、前記実状のもとにおいては、別紙目録(六)記載の建物の所有権にもとづく物権的請求権の行使として、以上のような正当な使用権の範囲を逸脱する行為の禁止を求めることを得べきである。

(四)  なお、前記ロツクアウトに伴う立入禁止にあたり申請人会社が前記一の(四)記載の(イ)の事務所(ロ)の便所及び(ハ)の通路を立入禁止区域から除外したのは、決して無制限な立入を許容する趣旨ではなく、被申請人組合員らが(イ)の組合事務所を使用するに必要な限度においてのみ右(ロ)(ハ)への立入を認める趣旨にいでたにすぎないことは前認定の事実関係から容易にこれを観取し得るから、被申請人組合は、その限度をこえ、右通路においてその所属組合員又は第三者をして「デモ」又は坐り込みを行わせることはできないものと解すべく、そして、前記実状のもとにおいては、申請人会社は本件土地所有権にもとづく物権的請求権の行使として被申請人組合に対しかかる行為の禁止を求め得べきである。

三、仮処分の必要性

ところで、以上二の(一)ないし(四)に述べた各行為の禁止は、本件争議中にするのでなければ無意味であつて、被申請人組合に対し提起すべき本案訴訟の判決を待つてはその時期を失し、申請人会社に著しい損害を生ずべきことが明白であるから、民訴七六〇条に従い、すくなくとも主文第一項第二項掲記の如き仮処分をする必要性があると認められる。

四、よつて、申請人に金五〇万円の保証を立てさせた上、申請費用につき民訴八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 川添利起 園部秀信 西村四郎)

(別紙省略)

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